【安全保障法案】首相官邸が法案の特集ページを公開 中国や北朝鮮の危険性を明示

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2015年9月に成立し、2016年3月29日に施行された安全保障法案について、首相官邸のHPで法案の必要性を説明するための特集ページが公開されています。

 

『『なぜ』、『いま』、平和安全法制か?』・首相官邸

 

記事の要約は以下のとおりです。

 

1.日本を取り巻く状況

・北朝鮮の核・ミサイルやサイバー、中国の東シナ海や南シナ海をはじめとする海空域などで軍事活動の活発化などにより、日本周辺での安全保障上の課題が深刻化している

 

・ISILなどの国際テロ組織の活動、ロシアによるウクライナにおける力関係の変遷などにより、国際社会のバランスが急激に変化している

 

・度重なる中国船の領海侵入に対して警戒している

 

2.抑止力について

・この法案は『抑止力』を高め、外国からの攻撃や争いに巻き込まれるなどのリスクが減るためのもの

 

・東西冷戦の際に、兵器を持っているある国が、他の国を攻撃しないのは「もし実際に攻撃した場合には、攻撃された国からこっぴどい反撃を受け、却って自分自身が危うくなる、だから、初めから他の国への攻撃を思いとどまるのだ」という議論が発端

 

・日常生活においても「見知らぬ人が自分を睨んでいても、その人が攻撃をしてくると考える必要はない。そんなことをすれば警察に逮捕され、法によって裁かれるから」ということと類似している

 

・この法案により、日本の防衛に不可欠な日米安保体制を強化することを目指し、同時に日本と国際社会の協力を高めることもできるようになる

 

3.外交の必要性

・紛争にならないために国際社会との信頼関係を築くことを重視する

 

・この法案の成立についても米国、英国、ドイツ、オーストラリア、EU、フィリピン、インドネシア、スリランカをはじめ太平洋諸国の多くからも支持や歓迎を受けている

 

4.自衛隊と日米安保体制

・戦後、日本は専守防衛に拠ることとしつつ、自らの防衛力だけに頼るのではなく、米国と同盟関係となり、米国の軍事力にも頼る安全保障体制を選択してきた(=日本の安全保障は、自衛隊と日米安保体制の2つを基軸としている)

 

・1960年に日米安保条約が改定され、日米は共に相手国に対して、相互に義務を負う体制になった。また、当時は「この改定で、日本が米国の軍事活動に巻き込まれる」といった理由で反対の声が上がっていたが、現在はこれに反対する声はほとんどない

 

・2001年9月に米国で起きた同時多発テロ事件を契機に、国際社会による本格的な「テロとの闘い」が始まった。また、それにより世界は、どの国も一国だけで平和を守ることができない情勢になった

 

・日米安保体制があるからといって、米国兵士に日本を守らせている状況を良しとするのか。米国と対等な関係になるためには日本もそれ相応の責任を持つべきではないのか。対等な関係になれば、より一層日本を安全にすることにつながる

 

5.これまでの安全保障上の重要時期での日本の動き

・1985年3月にイラク政府が、民間航空機を含めたイラン領空の全ての航空機を攻撃対象にする旨を発表したため、イランからの脱出を希望する200名以上の邦人が危険にさらされた。しかし、日本は当時の自衛隊法により自衛隊を派遣できなかったため、パイロットや客室乗務員というトルコの民間人によって日本人を救出してもらう結果に

 

・1990年8月にイラク軍がクウェートに侵攻した。日本は中東諸国から必要な石油の約7割(当時)を輸入していたため、ペルシャ湾の混乱は国民生活への大きなダメージにつながることから、国際社会には、日本の貢献を当然視する声があった。しかし、当時の自衛隊法は依然として国際貢献のための自衛隊の海外での活動を規定しておらず、日本は人員を派遣することができなかった。その結果、日本は国際社会から非難されることになった

 

・1992年、自衛隊を海外派遣できる国際平和協力法(PKO法)が成立。これまで、計13ミッションに、延べ約10,400名の要員(2015年9月時点)を派遣している。これにより、現地の人々に配慮した協力、高い規律に基づく実直かつ丁寧な仕事の進め方など、国際社会から高い評価を得ている

 

・自衛隊は、国際平和協力の実績を積み重ね、海外で高い評価を受けている。また、この法案の成立によって、自衛隊による国際平和協力に関する法制度が、一般法として整備された。困難な活動であっても国際社会に積極的に貢献する姿勢を明確に示すことによって国際社会との信頼関係の構築につながり、日本の平和と安全を確保することにもつながる

 

 

6.平和安全法制と憲法

・「この法案は日本国憲法に違反するのではないか」と質問されたが、現行憲法の枠内である

 

・1957年に起きた『砂川事件』の最高裁判決では「憲法第9条によって日本固有の自衛権は否定されたものではない」としており、「我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然」であるとされた

 

・1972年に政府は集団的自衛権に関して、日本国憲法が「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。」しかし、憲法は、「自衛のための措置を無制限に認めているとは解されない。」「それは、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権 利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、 その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。」と見解を示している

 

・しかし、上記の「必要最小限度の範囲」については、1972年当時は尖閣諸島は米国の施政権下にあり、そこへの中国公船の侵入など想定できず、また、北朝鮮による核開発やミサイル開発なども考えられない時代だった

 

・1972年から40年経過した今、国際情勢は大きく変化しており、「日本に対する武力攻撃の発生」と同様に、「自衛の措置」をとるべき事態として扱わなければならない可能性が生じている

 

・平和安全法制では、これを全面的に認めるわけではなく、あくまでも、「日本を防衛するため」のやむを得ない自衛の措置として初めて許容される、限定的なものであり、他国を守ることそのものを目的とする集団的自衛権の行使は、引き続き認められない

 

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