【東日本大震災】天皇皇后両陛下が長野県北部の地震被災住民と4年ぶりに懇談

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2016年6月5日、2011年3月12日に長野県北部の地震で被害を受けた下水内郡栄村の住民と長野市内のホテルで懇談されました。

 

懇談は2012年7月に両陛下が同村の応急仮設住宅を訪問して以来、約4年ぶりとなります。(信毎web)

 

–<記事引用>–

この日出席したのは会社員の斉藤真吾さん(61)、農業の島田哲さん(67)、農業の樋口しのぶさん(58)、主婦の関谷以志子さん(66)。森川浩市村長(56)も加わり、両陛下とテーブルを囲んで約25分間言葉を交わした。

4人のうち関谷さんは地震で家が全壊し、仮設住宅で夫の美彦さん(70)と521日間にわたり生活した。12年7月19日、両陛下が村を訪問。関谷さん は仮設住宅の前で美彦さんらと両陛下を出迎えた。強い日差しの中を見舞ってくれた天皇陛下や、「日陰でお話ししませんか」と言葉を掛けてくれた皇后さまの 優しさが忘れられなかった。

それから4年。両陛下の強い希望で、住民との再会が実現した。関谷さんによると、この日天皇陛下は「大変でしたね」、皇后さまは「(近所の住民と)助け合われたんですね」と、当時の暮らしに改めて気持ちを寄せたという。懇談を終えた関谷さんは「また会えるとは夢にも思わなかった。今も栄村を気に掛けてく ださり、本当にありがたい」と感激していた。

また、地震で牛舎が全壊した樋口さんは、被災当時を上回る牛320頭を飼育するまでになったことを報告。島田さんは水田を復旧し、コメ作りを継続していることを説明した。天皇陛下は「ご苦労も多かったでしょうが、良かったですね」、皇后さまは「すばらしい」と喜んでいた。

地震の際、村消防団副団長だった斉藤さんは天皇陛下に当時の消防団の活動を尋ねられ、阪神淡路大震災を教訓に「電気ブレーカーを落とせ」と指示を出し、火災がなかったことを説明。「団員が24時間態勢で活動し、犠牲者はいなかった」と話した。

両陛下は終始穏やかな表情で、懇談は予定の時間を超えて続いた。最後に、天皇陛下は「今度の災害を生かして安全性が増す地域になっていくことを願っています」。皇后さまは「栄えてね」と笑顔で言葉を添えた。

–<ここまで>–

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